バランタインファイネスト~デイリーウィスキー~

小説「スナック漣~ナイトストーリー~」

②バランタインファイネスト~デイリーウィスキー~

 

「奥さんに怒られるんじゃないの?こんな遅くまで飲んで、まだ新婚でしょ?」
スレンダーなボディラインのママが慣れたように言う。
「いやいや大丈夫さ、今夜はあいつ実家なんだ」
仕上がりの良いスーツを着たサラリーマン風の男が返す、年の頃は30歳前後だろうか?できる風の小金持ち、腕には高級腕時計、Rの頭文字と王冠のマークがキラリと光る。
「しかし、随分キレイな奥さんだね~、二次会の時に少し話しかけるだけでも俺緊張しちゃったよ」
最近髭に白髪が混じり始めた中年のマスターが彼の結婚式の二次会の様子を語った。
高級腕時計の男の奥さんはウィスキーで言えばシングルモルト、熟成も進んでリッチなコクのあるアイラ、重厚な味が特別で誰もが飲みたがるヴィンテージ一級品といったところだろうか。

「まあ、キレイキレイと皆は言うけどさ、ワガママで浪費家、5年も付き合った俺からすれば見飽きた顔さ、勿論愛しているけど、新婚とはいえ手のかかる古女房といった感じさ」
男は嫌味のない笑顔で言った。
スナック漣のカウンターからは客が一人、また一人と帰宅の途につく、終電前後、毎日こんな風に客が引いていくのだ。
景気の良い頃と違って今は平日から終電を逃してわざわざタクシー帰りを選択するような飲み方をするような客は少なかった。
しかし、今夜はその流れを断ち切るかのように新規の客が霹靂のごとく現れた。

終電を過ぎて重い木目調の扉を開けたのは30代も後半に差し掛かったようなくたびれたOL風、いやキャリアウーマンになれず苦戦している疲れきった妙齢の女性だった。
「いらっしゃ~い」
マスターとママが声を揃えて歓迎する。

「あの、○☓出版のAさんからの紹介を頂いて初めてきました、よろしくお願いします」
初来店の女性はくたびれているが庶民的な笑顔を振りまき、愛想もよく人懐っこい部分を根っから持っている、そんな素朴な人だった。
ウィスキーで言えばバランタインファイネスト、ブレンデッドウィスキーで到底シングルモルトにはかないっこない、飲みやすさと手に入りやすさはピカイチといった凡庸な一品。
高級腕時計の男は少し酔っていたのか、馴れ馴れしく入ってきたバランタインの女を手で招き隣に座らせた。

それから1年後、同じ席に同じ2人が座っていた。
「マスターやっとこさ俺たち正式に付き合えることになりました、俺もマスターと同じバツイチ人生ですよ」
全く嫌味のない笑顔でさらりとヘビーなことを言った。
「俺と同じ?そんなことないじゃない?だって次の予約席がキミにはあるんでしょう?俺には予約も何もないさ~、同じとは言えないんじゃないの?」
顔は笑っているがマスターの顎鬚にはさらに最近白いものが目立つようになってきている…。

高級腕時計の男は結局、重厚で高級なヴィンテージシングルモルトより、毎日でも飲めるブレンデッドウィスキーを選んだ。
毎日でも飲めるバランタインの彼女は少し照れながらも手に入れた幸せを噛み締めているかのような表情をしていた。
つい高級品やヴィンテージを求めてしまう風潮が世の中にはあるが、毎日でも飲めるデイリーウィスキーの良さが本当の「良さ」なのかもしれない、それはそういう見方ができるか?と色々なものを通った人にしか分からない「価値」なのかもしれない。

スナック漣には様々な出会いが転がっている、その出会いがどのような未来に繋がるか?それは誰にも分からない…。

 
(おわり)

*オールフィクション


 

SAZANAMI
SAZANAMI

ハイパースナック サザナミは2016年7月動き出します。 新しいジャンル、BARでもありスナックでもあり、懐かしくて、でもどこか新しい、そんな不思議なお店です。 テーマは「人」そして「出会い」、どんな人が集い出会いを形成していくのか?その先にどんな「未来」があるのか?非常に楽しみです。