甲類焼酎~焼酎は王様の飲み物~

小説「スナック漣~ナイトストーリー~」

④甲類焼酎~焼酎は王様の飲み物~

 

スナック漣には「王様」と呼ばれる常連客が居た。
彼が一体何の仕事をしてどこに住んでいるのかは誰も知らない。
ただ1ヶ月に1回、大抵の場合月末に彼はひっそり現れる。
もう彼が通いだして1年半くらいになるだろうか?

「おやいらっしゃい、これはこれは王様、こちらへどうぞ」
髭面のマスターが王様の定位置の席へ彼を誘導する。
彼のおなじみの席はカウンターの一番奥、カラオケのモニター画面も見にくければ、カウンター席真ん中の話の輪の中にも入りにくい、ましてやそれよりもっと遠いソファーボックス席になんか決して混じれないような位置だ。
しかし、この席は王様の席と決まっている、例え誰かが座っていてもその席に王様は座るしこのスナック漣に通っている常連からすれば暗黙の了解で自ら席を譲る者が多い。

「じゃあ、アレね」
王様は穏やかにいつものアレを頼む。
甲類焼酎をひたすらロックで飲み続ける、つまみも食べず、特に違う酒を挟むわけでもなく、ただひたすら自分のキープ焼酎ボトルからロックで飲み続けるのだ。
先付けや乾き物を出しても殆ど手をつけない。
点滴や何かを摂取するかのごとく、焼酎ロックを淡々と飲み続けるのだ。

「王様、相変わらずの焼酎党ですね~」
ママが王様のいつもの様子を見てつい話しかける。
「こいつぁいい酒なんですよ、何の色もない、味も単調で何にも染まっていない、一番ストレートにアルコールって感じがして、実直でいて実にいい。真っ白に漂白されたシャツにも似た飲み物です。そして、私にとっては思い出の酒なんです…」
王様の歳はもう還暦をとうに過ぎた頃、いつも品の良い白いシャツにタックが入ったズボン、だいたいいつもループタイをしていて茶封筒を小脇に抱えたりしていた。
初めて飛び込みで入って来た時、マスターが名前を聞くと彼は聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で「王様」と名乗った、それ以来王様は「王様」と呼ばれるようになった…。

そんな王様が来店しなくなってしまった。
キープボトルの期限3ヶ月を過ぎても彼は姿を現さなかった。
ママも髭白髪のマスターも少し不安に思っていたが、お客さんの事情を深く詮索するのは無粋というもの、彼らはいつものように振る舞い、店は相変わらずの繁盛営業を続けていた。

そんなある日、開店前の19時前、マスターがせっせと開店準備をしていると、カッチリとしたスーツ姿の男が店の扉を開け入ってきた。
「社長が毎月通われていたお店はこちらですか?」
男は挨拶もそうそうに切り出した。
「社長?」
マスターは社長をやっている客を思い浮かべた。
「こちらで王様とよばれていた弊社の社長です」
男はどうやら事情を知っているらしい。
「ああ、王様ですね?焼酎ばっか飲んでいた」
「そうです、社長の遺言でお礼をお届けに参りました」
男はそう言うと18本の甲類焼酎のボトルと18着の真っ白なシャツをマスターに差し出した。
「社長がお世話になった18ヶ月分の焼酎とマスターにシャツです、これをお渡しするようにと遺言にありまして」
「王様は?いや社長さんはどういう素性で?」
マスターは初めて王様の素性を知った。
彼は大手クリーニングチェーン「ホワイトクラウン」の社長、裸一貫でクリーニング店を立ち上げ成功した業界の「王様」と称される人物だった。

「社長はこちらで焼酎を飲む度に会社を立ち上げた若い日のことを思い出していたようです、普段はヴィンテージのワインを好んで飲むような人でしたが、苦労した若い頃飲んでいた焼酎の味を時々思い出していたようです、こちらで」
男は聞けば王様の会社の顧問弁護士らしく事情はすべて王様本人から聞いていたようだ。
長く患っていた癌が転移しての最後だったらしい…。

ここスナック「漣」には様々な人が出入りする、社会的地位のある人間もそうでない人間も酒の前に人はただ「人」であり、色んなしがらみから解き放たれる。

王様の18本の焼酎ボトルは店内の一番高い棚に飾られて、今も店を見守っている…。
(おわり)
*オールフィクション

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SAZANAMI
SAZANAMI

ハイパースナック サザナミは2016年7月動き出します。 新しいジャンル、BARでもありスナックでもあり、懐かしくて、でもどこか新しい、そんな不思議なお店です。 テーマは「人」そして「出会い」、どんな人が集い出会いを形成していくのか?その先にどんな「未来」があるのか?非常に楽しみです。