知多ボトルキープ~いつものアレ~
小説「スナック漣~ナイトストーリー~」 ① 知多ボトルキープ~いつものアレ~ 「マスター、ウィスキーボトルは何なのさ?」 「ジムビームとバランタインがありますよ~、あと知多ね」 「マスター、サントリー贔屓だね?」 「あれ?お客さん、お酒詳しいすね~」 今夜の最初のお客は看板を見て入ったアロハシャツに髭面の30代、フリーのライターかカメラマンか?とにかく自由そうな匂いのする男であった。 「お客さ~ん、知多オススメね、美味しいですよ」 ママが色っぽく男に話しかける。 「お!ママさんかい?いいね~、ついつい飲みたくなるようなイイ女!じゃあ知多だな知多!」 男は初めて来た客とは思えないほど、リラックスして言った。 「あいよ~あざす!」 ママがマスターを見て微笑みかける、まさに酒の女神とでもいうような表情だ。 ウィスキー知多が男の前に丁寧に運ばれていく、品の良い薄琥珀の色をした液体がボトルの中で艶めかしく揺れる。 「ここに日付と名前を書いて下さいね~。ボトルは3ヶ月キープできます、3ヶ月過ぎたら私が全部飲んじゃうからね!」 ママがボトル用のタグとマジックペンを差し出して冗談交じりに説明し、男に微笑みかけた。 しばらくウィスキーのゆっくりとした、ゆったりとした悠然な、メローでスローな時間が流れる。 マイボトルというのは格別だ、目の前にあるボトルの流線型は酔いを加速していくほどの「美」を持ち合わせ、酒の香りはそれが造らた土地の風土さえ呼び覚ます、その味と在り様に思いを寄せながら「時間」を過ごす、酒を飲むという行為は「時間」をどんな風に過ごすのか?ということであり、その貴重さを知っている者こそ、酒を飲む資格があると言っても過言ではないだろう…。 男が知多の水割りを2杯飲んだとこで、エントランスの木目調のドアが開く。 「いらっしゃ~い」 ドアが開いたらマスターもママもユニゾンで発声する。それがこの店のお決まりのようだ。 「お!ご無沙汰ですね」 常連のご登場。 「じゃあいつものアレで」 「はいかしこまり!」 常連ともなるともう慣れたもの、黙っていても阿吽の呼吸で「いつものアレ」が出てくる。こういうのも関係性の濃いスナックカルチャーならではかもしれぬ。 「いつものアレ、俺も欲しいな~」 一連のやりとりを見ていたアロハの男が呟く。 「え?お客さん、もうアレあるじゃないの?それそれ」 ママが男の前に悠然と存在して輝くボトルを指差す、まさにそれは知多である。 「お!そっか~、ボトルキープ3ヶ月だっけ?それまではこれがアレになるのか!俺にもあるじゃないの、いつものアレ!」 男は灯台下暗しといったような表情を浮かべる、なかなか可愛らしい男である。 男のあまりの可愛さに店内はドッと明るくなり、笑い声に包まれていく。 そんなやりとりが繰り広げながらスナック漣の夜はふけていくのであった…。 (おわり) *オールフィクション ...