ボウズの夜~寡黙なジョニーはひたすら歩く~

小説「スナック漣~ナイトストーリー~」

⑤ボウズの夜~寡黙なジョニーはひたすら歩く~

 

渋谷の喧騒を離れたここスナック「漣」では毎夜カラオケや少し小粋で笑えるおしゃべりで盛り上がる。
だいたいお客さんの悩みやバカ話、マスターの自虐ネタなんかが殆どで、たいして話に内容はない。
しかし、その内容のない、答えのない宴というのが絶妙に小気味よく、常連は足繁く通ってくれる。
部室のような、駄菓子屋の軒先のような、誰にだって学生時代「たまり場」でたまってくだらない話に興じたことがあると思うが、つまりはそんな何でもないような、でもある種特別な場所、それがスナック漣の「場」としての性質である。

「今日は静かですね~、マスター」
美容院に行ってきたのか、やけにキマっているママがマスターに話しかける。
今日は21時を過ぎたと言うのにお客さんがゼロ、つまりはボウズ、たまにあるけど、精神的にも雰囲気的にも芳しくない日だ。
「こんな日は、あまり根を詰めず、ゆっくり飲みながら待つのがいいんです、うん」
髭面のマスターはポツンとそう言うとウィスキーの棚から均整にバランスのとれた四角いボトルを取り出した。
「昭和のウィスキーオヤジたちの憧れ、ジョニ黒ですね」
マスターはやはりゆっくり落ち着いて言うと、そのボトルからショットグラスに人差し指一本分注いでママに差し出した。

「こうしてチビチビ飲んでいて少し酔って働くのが面倒くさくなった頃、ひょっこりお客さんが入ってくるものです」
マスターはやはり落ち着いて言った。
だがしかし、その夜は一向にお客さんが来なかった。

「ジョニーさんに嫌われちゃったかな?」
マスターはブツブツと言った。
「ジョニーさん?さっきから飲んでるこれですか?」
アラサーのママはまるで女子中学生が先生に質問でもするかのように聞いた、彼女は既に4杯目のショットグラスを干そうとしていた、まあまあに酔っている。
「そう、ほらねここにジョニーさんが居るんですよ」
マスターはそう言うとジョニ黒のボトルを棚から再び出して彼女に見せた。
ボトルの正面の下部に何やら人間の形のした細工が入っていた。
ジョニーウォーカーの全ボトルにはこの創業者ジョニー本人と思われる英国紳士風の人間の形をした細工がもれなく入っているのだ。

「ジョニーさんにあやかって飲んだらお客さんもくるかなって思ったんですが、今夜はどうやら嫌われちゃったみたいですね…」
マスターは時々こういう迷信に近いような世迷い言を冗談のレベルで話す、実に小粋で面白い人物であった。
「残念ですね、彼はいったい何してるんでしょうかね?」
ママもママでマスターの冗談に乗っかって付き合って話すところがある、水商売に従事する者たちの悪ノリは微笑ましくもある。
「そりゃ、あなたどっか歩いているのに決まっているじゃないですか?ジョニーウォーカーですからね」
マスターもほぼほぼ酔っているのだ。
「じゃあ、そのままこのお店に来て飲んでくれたらいいのに、ジョニーさん」
ママの応酬も続く。

「いや既にジョニーさん、ここにいるのでは?」
そう酔ったママが誰も座っていないカウンターのセンター席を指差した。
そこにはどう見ても誰もいなかった、しかしお客さんゼロの日にやけがさしたのか、そんな冗談を言わないとやっていけない、そんな状態であることは2人とも知っていた。
待っても待っても誰も来ない、待つ徒労を和らげるのには冗談でも言い合って笑うしかないのだ。
「ははは、確かにジョニーさん来てますね、寡黙だったので気づきませんでしたよ」
マスターはママに合わせるように言うと新しいショットグラスを取り出し、やはり人差し指分ストレートで注ぎ、ジョニーさんが居るであろうセンター席にポツンと出した。
「さあ、どうぞ飲んで下さいジョニーさん」

「よし、もう今日は早閉めしましょう、終電も過ぎたし待っても来ない時は諦めて何か美味しい、そう、お寿司でも食べにいきましょうか」
マスターの提案で片付けもそのままに、カウンターに出されたジョニーさん用のショットグラスもそのままに2人は渋谷の街に繰り出していった…。

翌日、少し早めに店に出勤したマスターが見たのは驚愕の風景だった。
ジョニーさん用に出したショットグラスが飲み干されて同じ場所に置いてあったのだった。
「なるほど、ジョニーさんやっぱり来ていたのか、長く店をやっていればこういうこともあるか…」
マスターは不思議な現象に過剰に驚くこともなく独り言ちた。
「おいしく飲んで頂き、誠にありがとうございました」
マスターはそう言うと空になったショットグラスをシンクに置き丁寧に洗った。
その日からスナック漣にお客が途絶える夜はなかった…。

ここスナック漣では時々、不思議な現象が起こる、それにいったいどんな意味があるのか、それは検証するだけ野暮というものだ…。
(おわり)
*オールフィクション

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SAZANAMI
SAZANAMI

ハイパースナック サザナミは2016年7月動き出します。 新しいジャンル、BARでもありスナックでもあり、懐かしくて、でもどこか新しい、そんな不思議なお店です。 テーマは「人」そして「出会い」、どんな人が集い出会いを形成していくのか?その先にどんな「未来」があるのか?非常に楽しみです。