シャンパンナイト~祝い、悲しみ、ニュートラル~

小説「スナック漣~ナイトストーリー~」

③シャンパンナイト~祝い、悲しみ、ニュートラル~

 

イエローラベルのシャンパンと言えばヴーヴ・クリコ、味よし、人気よし、値段よしの三拍子。
スナック漣のシャンパンはヴーヴ・クリコ、スナックでシャンパン?と思われるかもしれないがスナック漣は渋谷の喧騒から少し離れた高級住宅街のすぐ近くに存在する、ニーズがあるのだ。
シャンパンを空ける時はどんな時?特別な時?それとも?

「マスター、聞いてくれよ。産まれたんだよついに!」
常連Kの初めての子供、息子が産まれたのは夏も終わり秋の空が東京の夕映えを一層キレイに見えさせる、少し温度も下がり始めた長月も後半だった。
「それはおめでとうございます!」
髭面のマスターはそこそこ混んでいる店内に充分に聞こえる大きさの声で言った。
「あら、息子さん?奥さんでかしたわね~。四代目の跡継ぎさんね?」
落ち着いたエプロン姿の端正な顔立ちのママが微笑みかける、美人のほほ笑みは特別な価値がある。

Kは渋谷から数駅離れた場所に本店を持つ和菓子屋の三代目、今は手広く菓子産業に食い込む、優良企業の専務だった。
「今日は祝い酒だ、ここに居るみんなにシャンパンを振る舞いたい、2、3本開けちゃってよ!」
景気の良い男だ、本来なら祝われるのはKの方だが、彼の会社はここのとこ高級スウィーツ業界に乗り出し好調、40歳を過ぎてからの初めての子供が相当に嬉しかったのか大盤振る舞いである。
あっという間に空のイエローラベルが3本、空のシャンパンボトルの口から虹色の幸福の空気が流れ出ている。
祝い酒にシャンパン、よくある光景だが、何度見てもいいものだとマスターは思った。

「祝い酒で盛り上がっているとこ申し訳ない、俺にも一本シャンパン空けさせてもらえないか?」
Kからシャンパンを振る舞われたボックス席にいた団体客の一人が申し出た。
「お!何かお祝いですか?」
マスターはシャンパンが出続けることに気を良くしたのか笑顔で聞く。
「いや、そうじゃなくて…。実は今日長年飼ってきた愛犬が永遠の眠りについたんでね、その弔いにシャンパン空けさせてもらえないですかね?」
場の空気が一瞬にして変化する、さっきまでの虹色の幸福感は一変、まるでしんみりのお通夜モードである。
「そうでしたか…」
マスターはそう言うとイエローラベルのコルクを開けた、どことなくポンっという音もエモーショナルに響いた。
「愛犬のご冥福をお祈り致します」
マスターの号令でスナックに居たお客、さっき祝い酒を出した男も含め、全員が杯を静かに上げた。
シャンパンはこういう時にも空くものだ…。

そんな、祝いと悲しみが入り乱れる複雑なスナック漣の木目調の扉が忙しく開く。
「マスター、おいっす~おひさ~」
近くの高級住宅街に住む、成金IT系社長だった。
「マスター、今日はシャンパンの気分ね、ヴーヴ空けちゃって~」
日焼けした照りのよい肌が目立つ男は元気にオーダーする。
「おや?お祝いですか?それとも…?」
マスターは慎重に聞く、スナック中の注目が集まる。
「え?祝い?いやいや~別に、気分、気分ね、今日はシャンパンをさ、水みたいにジャブジャブ飲みたいの、ただそれだけ~!」
IT系成金社長は調子の良い、ノリノリの滑舌のよい発声で言った。
店内には何とも言えない空気が流れた、しかしシャンパンの酔いがそうさせたのか、そこに居た誰からともなく笑みが溢れた。

スナック漣、理由はどうあれどうしょうもなくシャンパンが空き続ける夜、そんな夜も時としてあるのだ…。
(おわり)

*オールフィクション

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SAZANAMI
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ハイパースナック サザナミは2016年7月動き出します。 新しいジャンル、BARでもありスナックでもあり、懐かしくて、でもどこか新しい、そんな不思議なお店です。 テーマは「人」そして「出会い」、どんな人が集い出会いを形成していくのか?その先にどんな「未来」があるのか?非常に楽しみです。